読書案内/The Real Barenziah, v1 のバックアップ(No.1)

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本物のバレンジア 第1巻
著者不明

  500年前のことだ。宝珠の街、モーンホールドに盲目の未亡人と、かさばる体つきの独り息子が暮らしていた。亡き父がそうであったように、彼もまた鉱員であった。マジカの才能に乏しいため、モーンホールドの王の所有する鉱山でありふれた肉体労働についていた。立派な仕事ではあったが、賃金は安かった。母親は手作りのコーンベリーのケーキを市場で売って、苦しい家計の足しにしていた。なんとか暮らしていけるものね、と母は言った。食事に困ることもないし、衣服は一着もあれば事足りるし、雨が降らなければ雨漏りもしないから、と。が、シムマチャスはそれ以上のものを望んだ。とてつもない鉱脈を掘り当てて、高額の賞与を手にすることを夢見ていた。仕事が終わればジョッキを片手に酒場で友人と盛りあがり、賭けトランプに興じていた。かわいいエルフの娘たちに色目を使い、ため息をつかせてもいたが、まともに相手にされることはなかった。彼は典型的な田舎育ちのダークエルフの若者で、巨体以外にはとりえがなかった。ノルドの血が混じっているのではないかという噂もあった。

 シムマチャスが30歳のとき、モーンホールドの街が歓喜にわいた。王と王妃に女の子が授かったのだ。「女王様の誕生だ!」と人々は喜びを歌にした。モーンホールドの民にとって、女の世継ぎが生まれたことは、未来の平和と繁栄を約束する象徴でもあった。

 王族の子の「命名の儀」が近づくと鉱山はいったん休業となった。シムマチャスはすっ飛んで家に帰って体を洗い、一張羅を身につけた。「真っ先に家に帰ってきて母さんに報告するから」と、出かけられない母親をきづかった。体が弱っていたこともあったが、祝典に集った人ごみの渦に飲み込まれてしまいかねなかったからだ。それに盲目のため、いずれにしても何かを見ることはかなわなかった。

「おまえや」と、母は言った。「出かける前に、僧侶か医者を呼んできておくれ。おまえが帰ってくるまでにおだぶつになっちまいそうだよ」

 シムマチャスはわら布団に横たわる母のもとへ近づくと、ひどく不安になった。母のおでこは燃えるように熱く、その息も浅かった。床板を力ずくでずらすと、その下に隠してあったわずかばかりの蓄えをじっと見た。僧侶に治療してもらうにはとても足りなかった。すべての蓄えをはたいたうえで、残金を借りることになりそうだった。シムマチャスは外套を引っつかむと、あわてて出ていった。

 通りは聖なる森へと急ぐ人々でごった返していた。が、神殿の門は閉ざされ、かんぬきで錠がしてあった。「儀式のためご容赦ください」と、どの張り紙にも記されていた。

 シムマチャスは人ごみを肘でかき分けて進み、茶色の法衣に身を包んだ僧侶になんとか追いついた。「儀式が終わってからではいけませんか」と、僧侶が言った。「お布施さえ頂けるなら喜んで診てあげましょう。聖職者は全員出席するようにとの陛下のお達しですし、陛下の機嫌を損ねるわけにはいきませんので」

「母はひどい病気なんです」と、シムマチャスは泣きついた。「ただの司祭がひとり欠席したくらいで、陛下が気にされるとは思えません」

「もっともです。が、大司教が気にされる」と、司祭はいらついて言った。法衣にすがりつくシムマチャスの手を振り払い、群集の中に消えた。

 シムマチャスは他の司祭や魔術師にさえも頼んでみたが、徒労に終わった。鎧をまとった衛兵がつかつかと歩いてくると、手にした槍で彼を脇へ押しやった。王族の行進が近づいてきた。

 王家の面々を乗せた馬車が通り過ぎようとしたとき、シムマチャスは人ごみから走り出て声を張り上げた。「陛下、陛下! 母が死にそうなのです!」

「かように輝かしい夜に死ぬことなど認めん!」と、王が叫んだ。高らかに笑いながら、群集に金をばら撒いた。シムマチャスは王のワインの息をかげるほどまで近づいていた。馬車の奥では王妃が赤ん坊を胸に抱き寄せて座っていた。流し目でシムマチャスを見やると、蔑むように鼻の穴をふくらませた。

「衛兵!」と怒鳴った。「この男をなんとかして」シムマチャスは荒っぽい手に鷲づかみにされると、道の脇まで殴り飛ばされ、その場で呆然としていた。

 頭痛をこらえながら人ごみのあとをついていき、丘のてっぺんから「命名の儀」を見届けた。司祭は茶色の法衣を、魔術師は青色の法衣を纏い、はるか眼下の高貴なる面々のもとへ集っていた。

 バレンジア。

 シムマチャスはぼんやりとその名を耳にした。地平線の両端にある双子の月「昇りしジョン」と「沈みしジョド」に差し出すようにして、高僧がおくるみに包まれた赤子を高くかかげた。

「ご覧あれ、モーンホールドの地に生を受けしバレンジア王女を! 親愛なる神々よ、汝の祝福と賢慮を与えたまえ。王女がやがて理をもってモーンホールドを支配するその日のために。叡智と繁栄、友情と家族の土地を守りたまえ」

「王女ばんざい、王女ばんざい」と、王と王妃のまわりに集まった人々も、両手を突き上げながら、歌うように叫んだ。

 シムマチャスだけがひっそりとたたずみ、うなだれていた。最愛の母が亡くなったと心で感じていた。静寂のなか、揺るぎない誓いを立てた。みずから王の災いとなってみせよう。無意味な死に追いやられた母へのとむらいとして、バレンジアを我が嫁として迎え入れ、やがて生まれる母の孫にモーンホールドの地を支配させるのだと。

∗∗∗

 儀式が終わり、シムマチャスは王族の行進が宮殿へと戻っていくのを冷ややかに見つめた。最初に話しかけた司祭がやってきた。シムマチャスがゴールドを手渡し、治療がすんだらもっと報酬をはずむことを約束すると、今回はいかにも嬉しそうな顔をしてついてきた。

 母親はすでに死んでいた。

 司祭はため息をついて、金の入った袋をしまい込んだ。「ほんとうに残念です。もちろん、残金のことは忘れてもらってけっこう。私にできることはひとつもありませんから。きっと--」

「おれの金を返せ!」と、シムマチャスは怒鳴りつけた。「おまえは何もしてないじゃないか!」威嚇するように右腕を振りかざした。

 司祭は後ずさりし、呪詛をつぶやきかけた。が、三つめの言葉を口にしたところで、シムマチャスに顔面を殴りつけられた。がっくりと膝をついてくずおれると、火をくべるための炉に使われている石のひとつにまともに頭をぶつけた。即死だった。

 シムマチャスはゴールドをひったくると街から逃げた。走りながら、ある言葉を何度も何度もつぶやいていた。ちょうど妖術師が詠唱するように。「バレンジア」そう言った。「バレンジア。バレンジア」

∗∗∗

 バレンジアは宮殿のバルコニーから中庭をながめていた。まばゆいばかりの鎧をまとった兵士がぶらぶらしていたが、やがていつもの順番に整列してバレンシアの両親を出迎えた。王も王妃も宮殿から出てきたところだった。ふたりとも黒檀の鎧で全身を包み込み、紫に染めた長い毛皮のコートをたなびかせていた。豪華絢爛に飾り立てられた肌つやのいい黒毛の馬が引いてこられると、そこにまたがった。それから中庭の門まで進んでいき、振り返ってバレンジアに一礼した。

「バレンジア!」と、ふたりが声を張り上げた。「われらの愛しい娘よ、さらばだ!」

 少女は涙をごまかすように目をしばたたき、気丈に手を振ってみせた。お気に入りの銀狼の子のぬいぐるみであるウッフェンをもう片方の手で胸に抱き寄せながら。両親と離れ離れになるのは初めてのことだった。それが何を意味するのか彼女には見当もつかなかった。はっきりしているのは西方で戦争が起きたらしく、誰もが憎悪と恐怖を込めてタイバー・セプティムの名を口にしているということだけだった。

「バレンジア!」と、兵士たちが叫んだ。手にした槍や剣や弓を振り上げながら。そして、彼女の両親は背を向けて走り去っていった。そのあとを騎士たちが追っていき、やがて中庭はほとんどもぬけの殻になった。

∗∗∗

 しばらくたったある日のこと、バレンジアは乳母に揺り起こされた。あわただしく服を着せられると、彼女の背におぶさって宮殿をあとにした。

 この恐ろしい経験についてバレンジアが覚えているのは、空を埋めつくす巨大な影に燃えるような瞳が光っていたことだけだった。彼女はあちこちへ引き回された。外国の兵士が現れては消え、そしてまた現れた。乳母はいなくなり、見知らぬ人たちがかわりにやってきた。怪しげな人たちもいた。数日間、ひょっとすると数週間、旅が続いた。

 ある朝、バレンシアは目が覚めると、馬車から歩み出た。外は寒かった。巨大な灰色の石造りの城が、灰白色の雪でまばらに覆われた丘の中腹に立っていた。その丘はくすんだ緑色をしており、ひっそりとしていてどこまでも続いていた。彼女はウッフェンを両手でしかと抱き寄せ、灰色の朝もやの中で眼をぱちくりさせながら震えていた。この果てしない、灰色と白色の支配する場所にいると、なんだか心細くなり、ひどく気が滅入った。

 バレンジアとハナは城砦に向かった。この茶色い肌と黒い髪の女中とはここ数日のあいだ旅をともにしていた。ふたりが城砦に入ると、くすんだ金色の氷のような髪をした、上背のある青白い女が暖炉のそばに立っていた。ブルーが鮮やかなぞっとする目つきでバレンジアを見やった。

「彼女はとても… 黒いのね」と、女はハナに向かって言った。「ダークエルフを見るのは初めてだわ」

「私もあの種族のことはよくわかりません、奥さま」ハナは言った。「けど、この娘がいかにも赤毛らしく気が強いことはわかります。気をつけてください、咬まれますよ。それだけじゃすまないかもしれません」

「しつけてやめさせるわ」女は見下した態度で言った。「それに、その汚らしいものは何なの? ひどい臭い!」そう言ってウッフェンをもぎ取ると、燃えさかる暖炉に投げ入れた。

 バレンジアは悲鳴をあげ、ぬいぐるみに飛びついたつもりだった。が、咬みついたり引っかいたりして懸命に抵抗したものの、取り押さえられた。ウッフェンは哀れにも黒焦げの灰に成り果てた。

∗∗∗

 バレンジアはスカイリムの庭に植えられた雑草のように成長した。そこはスヴェン卿とその妻、インガ夫人の土地だった。表向きはすくすく育っていたが、心はいつも冷たくて空虚だった。

「わが娘のようにあの子を育ててきたのよ」インガ夫人はひとつため息をついた。遊びにやってきた近所のご婦人たちと下世話な話に興じながら。「けどね、あの子はダークエルフだから。期待なんてかけられないわ」

 バレンジアは盗み聞きするつもりはなかった。少なくとも自分ではそう思っていた。ただ、ノルドの主人たちよりも耳がよかったのだ。それ以外のダークエルフの能力はあまり褒められたものではなかった。手癖が悪く、嘘つきで、弱い炎のスペルを唱えてみては、意味もなく浮遊したりする。彼女は大人への階段をのぼっていくにつれて、異性への強い興味を抱くようにもなった。彼らの与えてくれるときめきはとても心地よく、そればかりか贈り物までしてくれるのだ。が、インガにはわけのわからない理由で反対されてしまうため、できるだけこっそりと楽しむようにしていた。

「バレンジアはね、子供たちとは仲がいいのよ」とインガは付け加えた。バレンジアよりも幼い彼女の五人の子供たちのことを言っているのだ。「あの子といるときに子供たちが危険な目にあったことはないもの」ジョンニが6歳、バレンジアが8歳のとき、ある家庭教師が雇われたことがあり、ふたりはそろって授業を受けた。バレンジアが武具のことも学びたがってみせると、スヴェン卿とインガ夫人はそんなことはけしからんとたしなめた。そういうわけで、バレンジアに与えられたのは小さな弓がひとつだけだった。その弓で男の子に混じって射撃練習をすることだけが許された。彼女は機会があればいつでも男の子たちの武術訓練をのぞき見し、大人たちがいないところで手合わせをし、実力では誰にも負けていないことに気づいた。

「彼女はとても… 誇りを持ってるのね」ご婦人方のひとりがインガにそうささやくと、バレンジアは聞こえない振りをして、ひそかに納得してうなずいたものだった。スヴェン卿やインガ夫人よりも自分のほうが優れているような気がしてならなかった。軽蔑の念を抱かせられる何かが彼らにはあった。

 のちに、スヴェンとインガはダークムーア城でもっとも地位の低い住人の遠い親戚であることがわかった。これでバレンジアはようやく合点がいった。彼らはきざなペテン師で、誰かを支配できるような器ではなかったのだ。少なくとも、そうなるようには育てられていない。そう考えると、なんとも形容しがたい怒りがわいてきた。怒りや恨みとは無縁のきわめて健全な憎悪だった。彼らのことが、嫌われこそすれ、恐れられることのない、胸の悪くなるような不快な虫のように思えてきた。

∗∗∗

 月に一度、皇帝の急使がやってくる日があった。スヴェンとインガは金の入った小ぶりの袋を、バレンジアは大好物のモロウウィンド産乾燥マッシュルームの入った大ぶりの袋を受け取るのだ。この日になるといつも、バレンジアはちゃんとした格好をさせられてから、あるいは、痩せっぽちのダークエルフができるかぎりめかし込んだとインガの目に映るような身なりをさせられてから、急使とのささやかな顔合わせのために呼ばれるのだった。訪れる急使はたいてい違っていたが、農夫が売りごろの豚をじっくりと見定めるかのように彼女をじろじろとながめる仕草は、誰がやってきても繰り返された。

 16歳の春、バレンジアは急使の目つきから、自分の売りごろがやってきたことに気づいた。

 じっくりと考えたのち、バレンジアは売られたくないという結論にいたった。彼女はここ数週間、金髪で大柄で体つきのいい、ぎこちなくて優しくて温かくていかにも単純な馬屋番の青年、ストローから、駆け落ちをしようと口説かれていた。バレンジアは急使の置いていった金の袋をくすねると、貯蔵室からマッシュルームを失敬して、ジョニーの古いチュニカと脱ぎ捨てられた半ズボンで少年に見えるように変装した。そして、さわやかなある春の夜、バレンジアとストローはとっておきの二頭の馬をこっそり盗み出し、そこそこ栄えている街ではもっとも近い、ストローがどうしても訪れてみたいというホワイトランに向かって夜を一目散に駆け抜けた。が、モーンホールドとモロウウィンドもまた東方の土地であり、それがバレンジアを引きつけたともいえた。ちょうど磁石が鉄を引きつけるように。

 翌朝、ふたりは馬を乗り捨てることにした。バレンシアがそうすべきだと言い張ったのだ。追っ手にひづめのあとをたどってこられる可能性があった。追跡されそうな要素は一掃しておくべきだった。

 午後はひたすら歩いた。わき道を逸れないように進み、打ち捨てられた小屋で何時間か睡眠をとった。黄昏どきに小屋をあとにし、夜明け前にホワイトランの街の正門についた。バレンジアはストローのためにうさんくさい通行証を用意してあった。地元の村の領主の使いで街の神殿までやってきた旨が記されている間に合わせの書類だった。バレンジアは浮遊のスペルで外壁をひとまたぎした。一緒に旅をしているダークエルフの娘とノルドの少年に目を光らせておくようにとのお触れがこの衛兵のもとにも届いていると考えるのが妥当だったからだ。案の条、その推理は正しかった。ストローのような、連れのいないおのぼりさんの姿はありふれた光景だった。さらに通行証もあるのだから、彼が人目を引く心配はないと考えてよかった。

 バレンジアの計画は滞りなく進んだ。正門のすぐ近くにある神殿でストローと落ち合った。彼女は何度かホワイトランに来たことがあったが、ストローは生まれ故郷であるスヴァンの邸宅から数マイル以上は離れたことがなかった。

 ふたりは街中を進んでいき、ホワイトランの貧民街にあるうらぶれた宿屋にやってきた。肌寒い朝で、バレンジアは手袋とロングコートと頭巾を身につけていたため、その黒っぽい肌や赤い眼が人目に触れることはなく、彼らに注意を払うものもいなかった。ふたりは別々に宿屋に入った。ストローは宿屋の番頭に金を払って一人部屋を借り、たっぷりの食事と酒をジョッキで二杯注文した。バレンジアは数分してからこっそりと部屋に入った。

 ふたりは飲み食いを満喫した。脱走の成功を祝い、狭苦しいベッドで激しく愛し合ってから、死んだように眠った。夢さえも見なかった。

∗∗∗

 ホワイトランでの滞在は一週間にもなった。ストローは使い走りをして小遣いを稼ぎ、バレンジアはいくつかの家で夜盗を働いた。あいかわらず少年の格好をしていた。さらなる変装にこだわって髪を短く切りそろえ、燃えるような赤毛を漆黒に染めた。そのうえでなるたけ人目には触れないように心がけた。ホワイトランでダークエルフを見かけるのはまれだった。

 ある日、ストローのとりなしで、東方へ向かう隊商の警護の仕事をすることになった。隻腕の軍曹がバレンジアをいぶかしげに見つめた。

「ふん、ダークエルフとはな」と、言いながら苦笑した。「狼に羊の番をさせるようなもんだな。とはいうものの、腕っ節のいいやつが足りない。それに、モロウウィンドには近寄らないようにするから、おまえさんの仲間に売り飛ばされることもない。あそこの盗賊どもときたら、敵でも味方でも見境なく喉をかっ切りやがる」

 軍曹は振り向くと、見定めるような目つきでストローをながめた。と、バレンジアのほうに勢いよく向き直り、ショートソードをすらりと抜いた。バレンジアもまたたく間にダガーを取り出して迎え撃つ姿勢になった。ストローはナイフを手にとると、男の背後にまわり込んだ。軍曹は剣を地面に落とすと、また苦笑した。

「なかなかやるじゃないか。弓の腕前はどうなんだ?」バレンジアは実力の一端を披露した。「悪くない、悪くないな。おまえは夜目もきくし、いい耳も持ってる。信頼できるダークエルフほど心強い味方はいないよ。よくわかってる。片腕をなくして傷病兵としてお払い箱にされるまでは、あのシムマチャスに仕えていたんだ」

「裏切ってやろうぜ。金払いのいい知り合いがいるんだ」と、おんぼろの宿屋での最後の晩、寝床につくと、ストローは言った。「それか、おれらでひったくるとか。あの商人どもはうなるほど金を持ってるぜ、ベリー」

 バレンジアはけらけらと笑った。「そんな大金、いったいどうするの? 第一、旅の護衛が必要なのはこっちも向こうも変わらないわ」

「ちっぽけな牧場を買おう。ふたりの牧場だよ。そこで暮らすのさ。幸せだろうな」

 あさましい夢ね! バレンジアは軽蔑の念を込めて心の中でつぶやいた。ストローはつまらない田舎者で、つまらない夢しか思い描けないのだ。そう思ったが口には出さなかった。「ここじゃだめよ、ストロー。ダークムーアに近すぎるもの。東に行けばもっと可能性が広がるわ」

∗∗∗

 隊商はサンガードまで東進しただけだった。皇帝タイバー・セプティム一世は、比較的安全で警備体制の整った街道の建設にことのほか貢献していたが、べらぼうに高い通行料を払わなくてもすむよう、彼らはここまで側道を使ってきた。そのため、人間やオークの追いはぎや、種族を超えて徒党を組んだ盗賊団に襲われる懸念もあったが、商売や貿易にはこうした危険はつきものだった。

 サンガードにたどりつくまでに、こうした蛮族に二度ほど襲われた。待ち伏せされたときには、バレンジアが鋭い耳で感づいてくれたため、余裕を持って隠れている連中の背後から奇襲をかけることができた。カジートと人間とウッドエルフの入り混じった賊に闇討ちをされたこともあった。したたかな連中で、バレンジアの聴覚をもってしても彼らの接近に気がつかず、迎え撃つ体勢になれなかった。このときは激しい戦闘になった。なんとか撃退したものの、隊商の衛兵がふたり殺され、ストローは襲いかかるカジートの喉笛をバレンジアと連携してかっ切るまでに、太ももに深手を負った。

 バレンジアはそうした毎日を楽しんでいた。話好きな軍曹は彼女を気に入ったらしく、夜になると篝火を囲みながら、セプティム皇帝とシムマチャス将軍についてモロウウィンドを行軍したときのことを語ってくれた。軍曹が言うには、シムマチャスはモーンホールドの陥落後に将軍となったらしかった。「シムマチャスはたいした戦士だよ、まったく。もっとも、腕がいいから抜擢されたとは限らんがね、モロウウィンドはそういう土地柄だから。まあ、おまえさんならわかってるとは思うがね」

「ううん、僕、よく覚えてないんだ」バレンジアはさり気なく言った。「ほとんどスカイリムで過ごしてきたから。母さんはスカイリムの男と結ばれたんだ。どっちも死んじゃったけど。それで、モーンホールドの王と王妃はどうなったの?」

 軍曹は肩をすくめた。「どうなったことやら。おそらくは死んでる。休戦が調印されるまではあちこちで戦火があがってたから。今では静かなもんさ。静かすぎるくらいだ。嵐の前の静けさというやつか。で、おまえはあそこに戻るのか?」

「たぶん」と、バレンジアは言った。本当はモロウウィンドに、モーンホールドに抗いがたいほど惹かれていた。ストローはそのことを察していた。むっつりしているのはそのせいだろうが、バレンジアが少年を演じているせいで一緒に寝ることができないのが不満でもあった。彼女もまたそうしたことに飢えてはいたが、ストローほど切羽詰っているわけではなかった。表向きは。

 軍曹としては、帰り道もふたりに護衛を頼みたかった。彼らはその申し出を断ったものの、特別報酬と羊皮紙の推薦状を与えられた。

 ストローはサンガードの近くに定住したがったが、バレンジアは東への旅を続けると言って譲らなかった。「私はね、モーンホールドの王女なんだから」と、そう口にしながら、それが真実なのかどうかわからなかった。ひょっとすると、わけもわからずにうろたえていた幼いころの自分がこしらえた白昼夢にすぎないのかもしれない。「故郷へ帰りたいの。帰らないといけないの」ということだけは真実だった。

∗∗∗

 数週間後、ふたりは東へ向かう別の隊商に乗せてもらえることになった。初冬にはリフトンに到着し、モロウウィンドの国境に近づきつつあった。が、冬が深まるにつれて寒さはいっそう厳しさを増し、東へ向かう隊商をつかまえるには次の春を待たなくてはならなかった。

 バレンジアは街の城壁のてっぺんに立ち、深い渓谷を見渡した。目の前には雪を戴いた山が人を寄せつけないようにそびえ立ち、その向こうにモロウウィンドがあった。

「ベリー」と、ストローは優しく声をかけた。「モーンホールドまではまだかなりあるし、どのみちこれより先へは進めないよ。あの土地は野生の狼や盗賊やオークでいっぱいだし、もっと手ごわいモンスターもいる。雪解けを待ったほうがいいよ」

「シルグロッドの塔があるわ」と、バレンジアは言った。スカイリムとモロウウィンドの国境を警備するための古代の尖塔を囲むようにして栄えてきた、ダークエルフの街のことを話しているのだった。

「橋の衛兵が通してくれないさ、ベリー。帝国の精鋭たちだからね。賄賂も通用しない。どうしてもと言うなら、独りで行ってくれ。引きとめはしない。けど、どうするつもりなんだ? シルグロッドの塔は帝国軍だらけだぞ。あいつらの洗濯係にでもなるつもりか? それとも、慰安婦にでも?」

「その気はないわ」と、バレンジアはゆっくりと、もったいぶって言った。その考えに少しの魅力も感じないわけではなかった。兵士と寝れば、そこそこ暮らせていけるだけの金は稼げる。スカイリムを旅している頃、彼女はそういう類の火遊びを楽しんだことがあった。女の格好をして、ストローの目を盗んで抜け出したのだ。彼女は味に変化をつけたいだけだった。ストローは優しいが退屈だったから。ことが終わると、引っかけた男から金を差し出された。バレンジアは驚いたが、跳びあがって喜びたくもなった。もっとも、ストローは腹を立てていた。情事の現場を取り押さえると、しばらく怒鳴り散らしてから、数日間はすねてしまうことがあった。彼は嫉妬深かった。別れようと脅したりもしたが、実行したわけではなかった。できやしなかったのだ。

 だが、帝国の兵士は男っぽくて野性味にあふれているらしかった。バレンジアは旅すがら、いかにも汚らわしい話を聞かされていた。なかでも極めつけは、隊商の篝火を囲みながら退役軍人がしてくれた話だった。彼は誇らしげにとうとうと語った。ふたりを困らせてからかっているのだと、バレンジアは気づいていた。ストローはこの手の卑猥な話を毛嫌いしていたが、それよりもバレンジアの耳に入ってしまうことがどうしても許せなかった。それでも心のどこかでは、彼もまたそうした話に魅了されていた。

 バレンジアはそれに気づくと、ストローにも他の女をあさるように勧めた。が、バレンジア以外の女などほしくないと突っぱねられた。自分はそういう女じゃないわと、彼女はにべもなく言った。それでも、誰よりもストローのことが好きだとも。「だったらどうして他の男と寝たりするんだ?」あるとき、ストローはそう尋ねた。

「わからないわ」

 ストローはため息をついた。「やっぱり、ダークエルフの女はそういうもんなのか」

バレンジアは微笑んでから肩をすくめた。「わからないわ。でも、わかるような気もする。ええ、わかるわ」と、バレンジアは振り向きながら言い、愛情たっぷりのキスをした。「これであなたもわかってくれたかしら」

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